阪神・山陽電車の旅②(大阪梅田~三宮・明石・姫路)

阪神・山陽電車旅②
<姫路~明石・神戸~大阪>

~2021年12月11日(土)~

書写山ロープウェイ(11:49発)からバスで姫路方面へ。
始発のバスには、乗客が2名。
駅に近づくにつれて立ち客が出るほど土曜日の昼でも混雑していたバス。
バスは、姫路城の前を通り、駅前の通りへ。
姫路駅一つ手前の大手前通りで下車。(12:11)
お城に行く方は、一つ手前の姫路城大手門前がベストですが、ちょっと寄り道。

その寄り道先・射盾兵主神社に行く途中に、イーグレひめじ(コンベンション施設)の5階から姫路城のビュースポットと書かれていたので行ってみました。(無料)


 
西の丸から天守閣まで姫路城が見えるビュースポットでした。

ここから3分程。
ビルから見えていた朱色の立派な総社御門がある播磨國總社・射楯兵主神社へ参拝。
(12:34-12:50)

姫路城の近くにあり、総社御門から本殿へ。



境内には多くの社があり、鬼石、長生泉・長生殿などがありました。
朱色の総社御門には、神使みみづくが両側に飾られて出迎えていました。



この門は車が通れて、車の祈祷ができる車祓所がありました。



本殿には、祈祷されている方など参拝客が頻繁に訪れていました。



本殿横の総社会館・社務所にて御朱印を拝受。(直書き・300円)

~御朱印~



~射楯兵主神社~
(いたてひょうずじんじゃ)
主祭神 射楯大神(五十猛尊)
    兵主大神(伊和大神、大国主命)  
社格等 式内社(小)
    播磨国総社
    旧県社
    別表神社  
本殿の様式 二間社流造

続いては、すぐ近くの姫路城に隣接する兵庫縣姫路護國神社に参拝。
(12:57~13:05)



こちらは兵庫県西部の戦没者が祀られています。



一方、県東部の戦没者を祀られる場所は、神戸市にある兵庫縣神戸護國神社です。
戦時中、姫路城の別名の白鷺城に因んで「白鷺宮」と改称していましたが、その後現社名に復称。



本殿は、祈祷中でした。



ここで、御朱印を拝受。(直筆・500円)

~御朱印~



また、冬限定御朱印も拝受。(書置き・見開き、800円)

~御朱印(冬限定)~



~兵庫縣姫路護國神社~
(ひょうごけんひめじごこくじんじゃ)
主祭神 兵庫県西部地区出身の戦没者
社格等 内務大臣指定護国神社
    別表神社
創建  昭和13年(1938年)
メモ  兵庫県西部地区出身(播州・但馬地区十二市十五郡)の戦没者56988柱を祀る。姫路城の中曲輪内の敷地に当たり(現:姫路公園)、かつては武家屋敷。

13:15
昼食が遅くなり、姫路おでんが食べれるお店へ。

姫路城の手前の公園に、いくつか屋敷の名前がついたお店があり、 その中の「ろの屋敷」高田の馬場さんへ。



店内は、お土産屋とレストランが併用。
お城入口の交差点付近にあり、お客さんも頻繁に出入りし、40~50人が座れるテーブル席が帰るときには満席状態になっていました。

今回は、しょうが醤油でいただく姫路おでん定食(950円税込)。



ご飯と播磨名物・揖保乃糸(?)にゅうめん、お新香、おでん。
料理が来る前に、お土産コーナーで販売している「雲丹しいたけ」の小皿を持って来られました。
 (雲丹の味はしませんでしたが、しいたけの触感はありました)

姫路おでんには、厚揚げ・コンニャク・ちくわ・はんぺんの4種類。



薄味で生姜を付けて食べますが、煮込まれていないのか全て味がしみ込んでいませんでした。

まあ、多客時間で観光客向け商品なので、こんな感じなのは仕方ないかと思いました。

13:42~15:10
姫路城に入城。



この日は、世界遺産に登録された記念日で無料開放日。
毎年12月11日に姫路城文化遺産登録記念日で無料。
通常は、1,000円の入城料金が必要です。

2016年にも無料開放日に来ていますが、やはり大混雑。
大天守閣6階最上段には、人数制限がされ、5階のフロアーで数分待ち。
結果的に、最上階を経由して戻るだけでゆっくり他の階が見れる状況ではなかった感じでした。
姫路城は、5重6階天守台地下1階(計7階)の大天守と3重の小天守3基(東小天守・西小天守・乾小天守)。
料金ゲートから天守閣最上階までクネクネ回りながら、しかも小天守に入ってから大天守に向かうので25分程要しました。

(天守閣最上階から正面に、JR姫路駅が見えます。)



時間的には、大天守閣だけで1時間は必要です。
さらに、横に広がる西の丸を見学すると、さらに30分以上の見学時間が必要です。
(今回は行きませんでした)

今回は、大天守1階と2階で武具庫が公開されていました。



火縄銃や刀(模造品)の展示などが帰りの道順にあったので見学できました。

晴天で白いお城。



姫路城を撮影するには、真正面に見えるJR姫路駅2階(キャッスルビュー)、姫路城公園前にあるイーグレひめじ(コンベンション施設)5階屋上庭園、お城に隣接する姫路市立動物園内からも見えます。

(姫路市立動物園からの姫路城)



もちろん、城内・西の丸からの天守閣も綺麗です。
 
姫路城を見学後、偶然、城内にゆるキャラに遭遇!



姫路市のイメージキャラクター「しろまるひめ」のようです。

お城をバックに子供さんと撮影会をしていました。
案内の人のはっぴにも描かれていたので撮影させていただきました。

◇プロフィール◇
<性別> 女の子
<誕生日>
  4月6日(しろの日)
<生誕地・住所>
  姫路市本町68番地 姫路城内
 (西の丸で産湯につかりました)
<性格>
  体と同じく柔軟で優しい
<チャームポイント>
  色白のもち肌
<トレードマーク>
  姫路城の帽子、桜の髪飾り
<趣味>
  城内・城下のお散歩、好古園でお茶すること
<とっておきの特技>
  歌
<好きな食べ物>
  和菓子(特にお団子には目がない)
  ただし現在ダイエット中。
<デザイン>
  田口 友子さん
  姫路市在住の会社員


姫路城に来たので、御城印を購入。(300円)



~姫路城入城記念書(御城印)~
7月31日迄は、異なったデザインが販売されていたようです。
有料エリア内限定販売なので1枚購入。
転売禁止など書かれ、一人3枚までと売店に貼紙がされていました。
<デザイン>
姫路藩主榊原忠次公によって再建された増位山随願寺の本堂天井に残る狩野探幽作と伝わる天井画より抽出。
増位山随願寺には榊原忠次公、政邦公の墓所もあり、本尊の木造薬師如来座像は兵庫県指定文化財、脇侍の木造毘沙門天立像は国指定重要文化財でその他にも本堂、経蔵、開山堂などが国指定重要文化財に指定。
家紋は姫路藩主であった榊原家の家紋「源氏車」。
■販売時期:令和3年8月1日(日)~令和4年1月31日(月)
■販売場所:姫路城内売店(姫路観光コンベンションビューロー直営売店)
■販売価格:1枚300円(税込)


15:15~15:26
姫路城を後にして、場内北東にある姫路神社に参拝。



江戸時代後期から明治時代初期に流行した藩祖を祀った神社のひとつ。



境内には、姫路藩(酒井家)第2代藩主、酒井忠以(宗雅)の胸像が飾られています。



祭神は、姫路藩の後半を統治した酒井家に縁のある酒井正親と姫路藩酒井家歴代藩主。



御朱印は、社務所で拝受。(直書き、300円)

~御朱印~



コロナで、ずっと書置きだったようです。
箱に書置きの御朱印がありました。



この日は人が居たので書いて頂きました。

<姫路神社>
(ひめじじんじゃ)
主祭神 酒井正親・姫路藩酒井家歴代藩主
社格等 県社
創建 明治12年1月

続いて、姫路神社境内にある寸翁神社に参拝。



姫路藩家老の河合道臣(寸翁)を祀る霊社。



河合寸翁は姫路藩を経済の面から救った人物。
創建は、昭和32年(1957)。
 (姫路の商工業者によって創建)

姫路神社の境内にあり、社の前には河合寸翁像があります。



御朱印は、姫路神社社務所にて拝受。(直書き300円)

~御朱印~



 ◇河合寸翁◇
河合道臣(寸翁:1767~1841)は、姫路藩主酒井家の家老。
諱は道臣。寸翁は号。
河合家はもともと徳川家康の直臣で、家康の命で譜代筆頭酒井家に家老としてつけられてからは、代々酒井家の家老職を世襲していました。
天明7年(1787年)、道臣は父の死により21歳で家督を相続し家老職に就任。
ときの藩主は酒井忠以で、百姓一揆で荒れ果て傾いていた姫路藩政を立て直すため、道臣を改革に当たらせます。
寛政2年(1790年)、忠以の死により頓挫し失脚。
文化元年(1808年)、藩主酒井忠道が改めて道臣を諸方勝手向に登用、改革に当たらせます。
道臣は質素倹約を進めた他、豪農や裕福な商人たちから米や麦を集めて飢饉の際の庶民の食料となる固寧倉を設け、農民に低金利で米を貸し出すなどして貧農を救います。また、姫路城下の商人たちと共に木綿会所を作り、特産品である姫路木綿を藩の特売品として大坂の商人を介さずに販売、同様に皮、絹、藍、塩、砂糖、東山焼などを次々と藩が直接販売を手掛ける専売品として収入源を増やし、大規模な新田開発を行います。
道臣は27年かけて藩の借金をなくします。
文政4年(1821年)、54歳の時、邸内に私塾・仁寿山校を開校。
姫路には藩校としてすでに好古館がありましたが、道臣の私塾では藩外から頼山陽を講師に招くなど多彩な講義を行いました。
69歳で隠居、75歳で死去。

<寸翁神社>
(すんのうじんじゃ)
主祭神 河合寸翁 (姫路藩を経済の面から救った人)
創建 昭和32年

姫路神社、寸翁神社を参拝後、姫路駅方面へ。
途中、本日無料の姫路市立動物園内を通過。
 
数年前に来た時も姫路城の無料日に併せて動物園も無料でした。
今回も無料でしたが、前回園内に居たゾウの姫子(メス、43歳)が2020年10月24日に亡くなり、ゾウ舎内に献花がみられました。



<アジアゾウの「姫子」>
名前(愛称):二代目「姫子」
年齢:43歳
性別:メス
体長等:
体長2メートル、体高3メートル、体重約3,375キログラム
(2015年に測定)
これまでの経歴
昭和52年(1977年)生まれ(出生地タイ王国)
当園での飼育年数26年
アジアゾウ「姫子」の2代目として、平成6年(1994年)10月に17歳で来園
好きな食べ物:
人参、黒砂糖
特徴・性格:優しく温厚な性格

 

また、キリン舎の「コウスケ」(アミメキリン)右前足には、「ハート」マークの模様があります。



ここでは有名。
見に来られる方はハートを探していました。

園内から姫路城も見れます。

姫路城を後にして、駅方向へ。

駅から少し歩いたところにある十二所神社へ参拝。



医薬の神様で、神徳は病気平癒など。



(社殿内部)



境内末社に、播州皿屋敷の主人公お菊を祀ったお菊神社があります。
御朱印は、社務所で拝受。(直書き300円)

~御朱印~



境内には参拝客など居なく、社務所と書かれた木造建物のベル鈴を鳴らして頂きました。
玄関口に椅子が置かれ、そこで数分待って御朱印を頂きました。

<十二所神社>
(じゅうにしょじんじゃ)
主祭神 少彦名大神
創建 928年(延長6年)
【由来】
昔、この姫路で平安時代に疫病が大流行したときに一夜にして12本のよもぎが生えたそう。
少彦名大神(すくなびこなのかみ)という神さまが現れ、「このよもぎを煎じて飲めば、病はたちどころに治る」と仰っしゃった事から、教え通りによもぎを飲ませると疫病はなくなり村人は感謝したことから、少彦名大神(すくなびこなのかみ)を御祭神として神社を創建したそうです。
十二所とは「12本のよもぎ」にちなんでいるといわれており、御神紋がよもぎの葉です。


さらに、境内末社のお菊神社に参拝。



姫路城にまつわる伝説の中での怪談話「播州皿屋敷」の主人公の「菊姫命」が祀られています。



お皿に願い事を書いてこちらの神社で御祈願すると、叶えて下さるそうです。

(社殿内部)



ちなみに、お菊が身を投じた井戸は姫路内にあります。



十二所神社の境内には、1月9日・10日に「えびす祭り」の為か、露天店の骨組みが2か所程置かれていました。

御朱印は、十二所神社社務所で拝受。(直書き300円)

~御朱印~



十二所神社の御朱印と同時に直書きしていただきました。

<お菊神社>
主祭神 、三菊大明神,菊姫命
【由緒】
播州皿屋敷「お菊物語」の菊女は、姫路二代目城主小寺則職の奥女中として仕え、主君則職若くして病床に伏し、菊女病気平癒祈願のため、当十二所神社に参籠し、心願叶い則職全復す。
病気全快に事よせて、悪家老青山鉄山は町坪弾四郎等一味と語り、天正二年増位山に観桜の宴を催し、則職に鳩毒を盛った酒を勧め、主家を横領せんとしたが、菊女の内通により衣笠靭貞介等忠臣の知るところとなり、危く難をのがれ則職は、家島に渡り再起を計る。 生家を横領した鉄山は、小寺家の家宝「赤絵の皿」十枚に珍味を盛り祝杯を上げた。皿の管理を命じられた菊女は、弾四郎の奸計により皿一枚をかくされ、皿改めの場に引き出され、日夜はげしい折檻を受け、古井戸に吊され、二十一才の妙令を一期に無惨な最后を遂げました。
菊女の霊は、主君則職を家島より導き、青山鉄山・町坪弾四郎等、悪の一味を滅亡し本懐を遂げました。 小寺加賀守則職は菊女の忠節に感じ、神徳あつき十二所神社の境内に祠を建て、霊をまつりて、ねんごろに慰めたと云う。
(お菊神社 看板より写記)


姫路駅に到着。
駅前から真正面に見える姫路城。



山陽姫路駅に到着。



16:38発の直通特急に乗車。



16:38
山陽姫路駅から直通特急・阪神大阪梅田行きに乗車。



30分程乗車し、山陽明石駅で下車(17時9分)。



駅前を少し歩き、魚の棚商店街にある明石名物玉子焼・たこ磯のお店へ。



直前に車内でネット検索して、ここに訪問。
人気店なので17時の入店時でほぼ満席。 (帰りには行列が数組)



注文は、15個入りの玉子焼。(700円税込)



明石では、明石焼きと呼ばず玉子焼と言い、出汁に付けて食べるスタイル。
傾斜のある下駄に置かれて来た玉子焼。



店員さんが置くと下の1個が転げましたがセーフ。
中には小さなタコが入り、薬味を入れた出汁に漬けながら食べましたが、ソースもあったので味変。



やはり、出汁の方が美味しく感じました。



15個ありましたが、ぺろっと頂きました。

18:08
山陽明石駅から直通特急・阪神大阪梅田行きに乗車。



舞子公園付近からは明石海峡大橋が見え、18時42分西元町で下車。



ここから神戸ハーバーランドが近いので元町の一つ手前で下車。
徒歩10分程で夜の神戸港が見えてきました。
久しぶりの神戸。



ポートタワーは、工事中でしたが、神戸港の夜景は綺麗。



ハーバーランドに帰港したコンチェルト (レストラン船) には、大きなサンタクロースが屋上に見えました。



(モザイク・観覧車の夜景)



その後、メリケンパークの「BE KOBE」のモニュメントへ。



19時半頃でしたが、写真撮影に数組の行列。
オブジェに乗りかかる変なグループが今日もいました。

その後、神戸・南京町(中華街)へ。(20:00~20:15)



南京町一帯に400個以上の中国提灯が吊るランタン祭りが開催。

夜に中華街に訪問したのは初めてですが、数店が営業中でした。
オープンしている店頭では、列が出来るお店もあり、20時頃でも人の往来がありました。(半分のお店は閉店)

中央の南京町広場でもランタンが吊るされ、若者たちが飲食していました。



いつも定番のフカヒレラーメン(350円)を購入。



中華麺を少し茹でて、餡をかけるラーメン。
名前はフカヒレですが、具材は椎茸・筍が少々。フカヒレ微量。
いつも食べる広場近くのお店が閉まっていたので別の空いていたお店で購入。
餡の味も薄く、値段に応じた感じがこのラーメン。
他店は400円~500円と書いてありますが、殆ど同じです。
少し寒い中、小腹に入れるには丁度良かった感じでした。
 
今回は、この時期に毎年行われている神戸ルミナリエが中止の代替で過去に使用したローソーネを見学するため、元町・三宮周辺を訪れました。

◆ロソーネ◆
イタリア語で“バラ窓”の意味。
神戸ルミナリエのメイン作品として、毎年、旧居留地の仲町通を彩るアーケード状の作品「ガレリア」。
多くの方々が1995年を思い起こし、そして未来に想いをはせつつ見上げて歩くその先に、いつも「ロソーネ」がありました。
明るく輝く未来からの灯りが射し込む希望のシンボルです。


以下は、この日に見た「ロソーネ」。

・ロソーネ(1995)
 <作品名> AUGURIO「希望」

 @東遊園地ロソーネ



・ロソーネ(1997)
<作品名> SOLE DEL SUD「南の太陽」

@三宮センター街



・ロソーネ(2006)
<作品名> FLORENTIA「繁栄」

@南京町



・ロソーネ(2011)
<作品名> QUADRIFOGLIO「 四つ葉のクローバー 」

@メリケンパーク



・ロソーネ(2015)
<作品名> ZAFFIRO「 サファイア 」

@神戸朝日ビル



・ロソーネ(2016)
<作品名> ZAFFIRO「 サファイア 」

@神戸朝日ビル



・ロソーネ(2018)
<作品名> OCCHIO DI DIO「 神の目 」

@メリケンパーク



20:59
阪神三宮駅から大阪梅田まで乗車。



21時31分。阪神・大阪梅田駅に到着。

最後は、名物・元祖ミックスジュースで、〆。
21時半を過ぎてもまだ営業していました。



これで、阪神・山陽電車の旅は終了です。


阪神・山陽電車の旅①(大阪梅田~三宮・明石・姫路)

阪神・山陽電車旅①
<大阪~姫路・書写山(圓教寺)>

~2021年12月11日(土)~

今回は、「阪神・山陽 シーサイド1dayチケット」を使用して姫路へ。



事前に阪神梅田駅で購入していたフリーきっぷ(2,200円)。
この切符は、阪神大阪梅田・大阪難波~山陽姫路・網干間が1日乗り放題。
阪神大阪梅田駅から山陽姫路までの片道運賃が1,300円。
往復利用でお得になります。
 
朝に自宅を出る際に人身事故で阪神電車が運行されていない情報を知るも、阪神・大阪梅田駅へ。



06:46
予定の6時43分発・山陽姫路行き直通特急は運行されないので、JR大阪駅から快速網干行きに乗車。



本来は、阪神梅田06:43発→山陽姫路08:23着。
しかし、JRを利用してJR大阪駅06:46発→JR姫路08:22着。
姫路には、ほぼ予定していた同時間に到着。


 
JR新快速は、大阪から姫路まで1時間5分程ですが、快速列車は停車駅が新快速より多く、明石からは各駅停車のため1時間36分。
土曜休日の新快速は7時台後半から運行されているためこの時間帯は快速列車が最速。
ちなみに運賃は、
阪神大阪梅田→山陽姫路駅1,300円。
今回は、JR振替
JR大阪駅→JR姫路駅1,520円。

8時22分にJR姫路駅に到着。
ここからバスで書写山へ。
書写山へは、神姫バスが発行する「書写山ロープウェイセット券(1420円)」を神姫バス駅前案内所で購入。



このセットは、書写山までのバス往復乗車券と書写山ロープウェイの往復乗車券のセット券。(140円お得)
通常は、バス代往復560円、書写山ロープウェイ往復1,000円、計1,560円。

08:35
姫路駅10番乗場から書写山ロープウェイ行きバスに乗車。



途中には、県立大学・姫路高校に停車するため、女子高校生が20名程乗車し、車内の座席はほぼ埋まった感じでした。

約30分、着席しながら終点に到着。(09:04)
 
バスを降りるとすぐにロープウェイ乗り場があり、バスの乗客4~5名と車で来た人4名ぐらいが改札口で並び、10分後の出発を待っていました。


 
09:15
ロープウェイで約4分。



60人乗りの大型ゴンドラで山上駅へ。(09:19着)

標高371mの書寫山(しょしゃざん)。
山上には西国三十三所の圓教寺があります。
ロープウェイに乗車すると遠くには、淡路島・明石海峡大橋・家島諸島男鹿島・四国・大鳴門橋・小豆島などが望めますが、この日は快晴すぎて遠くは見えませんでした。



下を見ると菜の花畑に「照于一隅」の文字。



横から少し、分かりづらいので、帰りも撮影。



◆照于一隅◆ (しょうういちぐう)
「一隅(いちぐう)を照らす」という言葉は、天台宗を開かれた伝教大師最澄さまが書かれた『山家学生式』の冒頭にあります。
「一隅(いちぐう)とは、今、あなたがいる、その場所です。
あなたが、あなたの置かれている場所や立場で、ベストを尽くして照らしてください。
あなたが光れば、あなたのお隣も光ります。
町や社会が光ります。
小さな光が集まって、日本を、世界を、やがて地球を照らします。
あなたの一隅から世界を照らしましょう!
一人ひとりが輝きあい、手をつなぐことができれば、みんなが幸せになり、すばらしい世界が生まれます。」
伝教大師最澄さまの精神が宿る言葉です。

「天台宗一隅を照らす運動ホームページ」より


<文字制作>

11月27日(土)〜28日(日)の2日間

<作業者>

・ゆめ菜の花プロジェクト2022

・東洋大学附属姫路高校生 



山上駅から2~3分歩くと圓教寺志納所があります。



ここで、入山志納金500円を支払い書写山へ。
志納所から魔尼殿までは、約20分(1km)。
この間、特別志納金500円をプラスすると送迎車で、魔尼殿近くまで乗車できますが、今回は徒歩。
歩いていると送迎車が戻ってきてました。(左下のワゴン車)



ロープウェイの乗客10名程の7割が徒歩。
道は森林の中の山道で上り下り。
左右には西国33箇所の仏像が33体並んでいます。



鐘を鳴らして、参道の山道を登ると瀬戸内海と姫路の街並みが見える場所がありましたが、霞ではっきり見えませんでした。



その後、仁王門を通過。(9:36)



30分程歩き、円教寺魔尼殿に到着。(09:51)



ここから先は、映画「ラストサムライ(トム・クルーズ・渡辺謙など出演)」のロケ地にもなった3つの堂(食堂・大講堂・常行堂)、奥之院の開山堂へと続きます。
他にも色々なロケ地として使用されています。
・軍師官兵衛
(2014年・大河ドラマ(第16話17話)
・映画「天地明察」
食堂・常行堂で安井算哲(岡田准一)と宮栖川友磨(市川染五朗)が京・鹿苑寺で碁を打つシーン

・映画「源氏物語 千年の謎」
・NHK大河ドラマ「武蔵-MUSASHI-」
・台湾映画(妻夫木聡さん出演)
 

09:53~10:04
目の前に舞台造りの摩尼殿が見えてきます。



966年(康保3)に性空上人が開き、「西の比叡山」とも呼ばれ、西国霊場として信仰場。



階段を上がると入り口があり、靴を脱いで中へ。



裏が岩山で、中腹に建っており、京都の清水寺本堂でも見られる懸造(舞台造)が特徴。



ここで御朱印を拝受。(直書き・300円)

~御朱印~




<右>

 ▶文字 奉拝(ほうはい)

 ▶押印 西国二十七番

<中央>

 ▶文字 魔尼殿(まにでん)

 ▶押印 梵字・如意輪観音(にょいりんかんのん)

<左>

 ▶文字 圓教寺

 ▶押印 
 
 上)西国三十三所草創 1300年(特別印)
  2017年1月1日~2022年3月31日 (特別印デザイン)
  [上段文字]西国三十三所草創 1300年
  [中央]ご本尊である如意輪観音の梵字
  [その周り]四天王(多聞天 持国天、増長天、広目天)の梵字
  [下段文字]書寫山圓教寺魔尼殿
 下)書寫山圓教寺
 


~圓教寺・摩尼殿~
マニとは梵語の如意のこと。
天禄元年(970)創建。
火災焼失で昭和8年(1933)に再建。
本尊は六臂如意輪観世音菩薩で、この堂の創建前、天人が桜樹を礼拝するのを見て、上人が根のあるままの生木に観音像を刻まれました。
そのために岩山の中腹に舞台造りの建物となりました。
本尊六臂如意輪観世音菩薩は、1月18日の鬼追いの日に開扉されます。
国指定の重要文化財四天王立像もここに安置されています。
<書写山園教寺HPより>

摩尼殿から奥へ進むと、コの字型に並ぶ“三之堂”(大講堂・食堂・常行堂)が見えてきます。

辿り着く後方に姫路城主・本多家の墓所があります。
(敷地内立入禁止)
ここには、本多忠勝・忠政・政朝・政長・忠国の5棟の堂があります。



<以下、現地案内板より>
本多家は江戸時代、初期と中期の二度、姫路城主になりました。
忠政・政長・忠国の3人が姫路城主です。
忠政は、池田家のあとをうけて1617(元和3)年、桑名より姫路に移り、城を整備したり船場川の舟場を開いた城主です。
政朝は、忠政の二男で、あとをつぎました。忠国は、二度目の本多家城主で、1682(天和2)年に福島より入封しました。
忠勝は、忠政の父で平八郎と称し、幼少より家康に仕え徳川四天王の一人。
政長は政朝の子で、大和郡山城主となりました。
堂のない大きな2基の五輪塔は、忠政の子・忠刻(ただとき)の孫・幸千代の墓です。
忠刻は大阪落城後の千姫と結婚し、姫路で暮らしましたが、幸千代が3歳で死去、忠刻も31歳で没し、ここに葬られました。
忠刻の墓のうしろには、殉職した宮本三木之助と岩原牛之助、三木之介に殉死した宮田角兵衛の墓が並んでいます。
五棟の堂は、江戸時代の廟建築の推移を知るのに重要な建物で、昭和45年に兵庫県指定文化財になっています。


大講堂・食堂・常行堂がコの字型に並ぶ“三之堂”へ。
(10:10~10:30)


 
映画『ラストサムライ』や大河ドラマ「軍師官兵衛」のロケ地としても有名な場所です。
(右から、大講堂・食堂・常行堂)


~圓教寺・食堂~



食堂(じきどう)のみ内部が公開。



1階の写経道場で、トム・クルーズ・渡辺謙さんのシーンの紹介写真がありました。



2階は、食堂本尊(僧形文殊菩薩像)などの寺宝が展示。



2階軒下から見た常行堂。
下の床(木)が、ビシビシと鳴っていました。



<以下、圓教寺HPより>
本来は、修行僧の寝食のための建物。
承安四年(1174)の創建。
本尊は、僧形文殊菩薩で後白河法皇の勅願で創建。
二階建築も珍しく長さ約40メートル(別名長堂)においても他に類を見ないものである。
未完成のまま、数百年放置されたものを昭和38年の解体修理で完成の形にされた。
現在1階に写経道場、2階が寺宝の展示館となっています。
(国指定重要文化財)


~圓教寺・大講堂(本堂)~



三之堂(コの字型)にある大講堂(本堂)。
内部は立入禁止のため正面の階段を少し上がり、賽銭箱までの拝観。

御朱印は、食堂で拝受。(直書き・300円)

~御朱印~



右上には、花山帝勅願の印。
(花山法皇の勅願が創建したことから)

<以下、圓教寺HPより>
圓教寺の本堂に当たる堂で、お経の講義や論議が行われる学問と修行の場。
室町中期の建物で、食堂、常行堂とともにコの字型に立ち並んで「三之堂」(みつのどう)を形成している。
内部は、内・外陣に区切られており、内陣には釈迦三尊像(中央が釈迦如来、右が文殊、左が普賢菩薩)が安置されている。
(国重要文化財)

 
食堂では、薬師堂の御朱印も頂けます。
薬師堂(根本堂)は、少し離れているので帰りに寄りました。
  
~圓教寺・薬師堂(根本堂)~
本堂から少し離れた場所にある薬師堂。
圓教寺に現存する最古の建物。
参拝道沿いでは無いので見逃す可能性があります。
御朱印は、食堂で拝受。(直書き・300円)

~御朱印~



<以下、圓教寺HPより>
鎌倉時代の建物で、天竺様式(大仏様の手法)を取り入れた。
圓教寺に現存する建物の中で最古のもの。
(兵庫県指定文化財)



~圓教寺・開山堂~
食堂と大講堂の間から裏に向かい、2~3分で奥之院が見えてきます。



ここには、開山堂、護法堂、不動堂、護法堂 拝殿があり、圓教寺の最奥にあります。

<開山堂>



<開山堂内>



◆開山堂◆
圓教寺開山の性空上人をまつる堂。
書寫山一千年の歴史のシンボルとして灯明が燃え続け朝夕欠かさず勤行がおこなわれている圓教寺奥之院の中核。
現在の建物は、江戸初期の開山堂建築の代表作。
軒下の四隅に左甚五郎作と伝えられる力士の彫刻のうち西北隅の一つは、重さに耐えかねて逃げ出したと言う伝説は有名。
(国指定重要文化財)

<護法堂>



◆護法堂◆
奥之院の開山堂前にある二つの小さな神社。
向かって右が乙天社、左が若天社。
書寫山の鎮守で開山の性空上人に付き添って仕えたという乙天(不動尊の化身)と若天(毘沙門天の化身)の二童子をまつっている。
同寸同型の春日造りで小規模ながら細部の手法に優れ室町末期の神社建築の特色をよく表している。
(国指定重要文化財)

<不動堂>



◆不動堂◆
不動堂は延宝年中(1673~81)に建てられ、元禄10年(1697)に大経所を合わせた際に改修された建物です。
宝形造、銅板葺、桁行2間、梁間2間、白木造、正面開口部には花頭窓が採用されています。
内部には乙天護法童子の本地仏である不動明王が安置されています。

<護法堂 拝殿>
こちらは、立ち入り禁止でした。



◆護法堂 拝殿◆
奥之院の広場を挟んで護法堂と向かい合って建っている。
開山堂参籠の行者の、護法堂への勤行、礼拝のための建物。
寛文に建立された鳥居が護法堂には残っているが、それ以前護法堂には土塀が張り巡らされ、唐破風の門があり、扉は閉ざされていた。
桃山時代の建築物で別名「弁慶の学問所」で知られている。
(国指定重要文化財)

ロープウェイから摩尼殿、三つの堂を立ち寄り、奥の院(開山堂)まで参拝&御朱印などで約1時間かかりました。
建物の四隅の力士の彫刻のひとつが無いと言われています。



軒下の力士の彫刻がありましたが、知らなかったら見逃す可能性があります。



ここで、御朱印を拝受。(直書き・300円)

~御朱印~



漢字版とチベット語版がありました。
写真は、漢字版。
<以下、圓教寺HPより>
圓教寺開山の性空上人をまつる堂。
書寫山一千年の歴史のシンボルとして灯明が燃え続け朝夕欠かさず勤行がおこなわれている圓教寺奥之院の中核。
現在の建物は、江戸初期の開山堂建築の代表作。
軒下の四隅に左甚五郎作と伝えられる力士の彫刻のうち西北隅の一つは、重さに耐えかねて逃げ出したと言う伝説は有名。
(国指定重要文化財)


~御朱印~



開山堂でチベット語の御朱印を拝受。(直書き・300円)

国内で授与される外国語の御朱印は、円教寺と西方寺(長野県)のチベット語の御朱印ぐらいのようです。
御朱印を頂いた窓口の上には、チベット国旗が掲げられていました。


 
チベット仏教を学んだチベット僧侶服に身を包む職員の奥田剛さん。



1994年から2年半、チベットやネパール、インドの寺や聖地を巡り、1998年にネパールにあるチベット語の語学学校に入学。
インドでチベット仏教を学び、二つの学問寺で計13年間の勉学後、4年目で出家。
2016年2月に円教寺職員になり3月からチベット語の御朱印を開始。
GWなどには、1日に300人以上が御朱印を求めたようです。
今回は待ち時間なしで、直筆記帳して頂きました。
最初から最後まで無言でした。

一応、受付は午前9時から午後4時15分(10/11以降は午後3時半)。
基本的に第1・3金曜日と第2・4木曜日、金曜日の午前中は休みのようです。

開山堂の参拝を終え再び、ロープウェイ乗り場へ。
(10:55~11:25)
帰り道は、下り道が多く、30分程で乗り場に到着。

途中には、薬師堂に立ち寄りました。

<薬師堂>



◆薬師堂◆◆
鎌倉時代の建物で、天竺様式(大仏様の手法)を取り入れた。
圓教寺に現存する建物の中で最古のもの。
根本堂。
(兵庫県指定文化財)

周辺には姫路城主・松平直基(なおもと)の墓所がありました。



階段を上がり、中を覗いてみました。



<以下、現地案内板より>
松平直基は、徳川家康の孫にあたります(家康二男、秀康の第五子)。
もと出羽国の山形城にいましたが、1648(慶安)年西国探第職として播磨国の姫路城主を命じられました。
しかし、山形から姫路へ移封の途中、江戸で発病し姫路城に入らず亡くなり、遺骨は相模国(神奈川県)の最乗寺に葬られました。
のちになって、直基の子・直矩が姫路城主になってから1670(寛文10)年に分骨し、ここ書写山に墓所をつくりました。


帰り道沿いに閉門されている妙光院があり、ここは西坂参道から圓教寺へ向かうと最初に通る塔頭でした。



~妙光院~
創建は不詳。
当時は妙光坊と称し壽量院の北側にありました。
明応4年(1495)、鎮永が再興し寺号を妙光院に改称。
明治時代初頭に発令された神仏分離令やその後吹き荒れた廃仏毀釈運動により次第に衰退し明治末期には堂宇が取り壊され本尊も移されました。
その後、安養院跡地に再興され本尊である阿弥陀三尊像を迎え入れています。

11:30
書写山ロープウェイに乗車。



下に到着すると11時34分発のバスが出て行き、1時間に3本の次のバスを待つことに。

11:49
バスで姫路駅方面へ。

書写山は、昼前になると参道を歩く人も多く、午前中の早めがおすすめです。

<続 阪神・山陽電車の旅②へ>


山陰旅③【大田市~出雲大社~岡山~大阪】

山陰旅(3日目)
<大田市~出雲・岡山~大阪>

~2021年11月19日(金)~

3日目の旅は、大田市のホテルから出発。
今日の予定は、石見銀山大久保間歩一般公開ツアーに参加後、出雲大社に立ち寄り大阪へ。

07:20
朝食プランの宿泊だったので、1階の食事できるスペースへ。



感染対策で、和定食のみですが、生卵・海苔・納豆の有無を確認され、全て頂きました。

シンプルですが、周辺の立地条件を見るとコンビニも少し歩き、都会のように朝食ができない場所なので朝食付きが正解でした。
ホテルからは、石見の山々が見え、朝日も見えていました。



08:10
ホテルを出発。
駅近くにバス停はありますが、始発の大田市駅まで徒歩10分ほど。
8時20分、駅に着きましたがバスは8時47分発。



特急停車駅ですが、乗降客も少なく朝の通勤する人は車ばかり。
ちょうど益田方面からの特急(8:30発スーパーまつかぜ6号鳥取行)と快速(8時42分発アクアライナー益田行)が停車するだけで、閑散。

バスには、出雲方面の快速列車の乗客3名が石見銀山方面のバス停へ。

08:47
世界遺産センター行の路線バスに乗車。



車内には地元民2名を含め6人の乗車。
(地元民2名は途中で下車)
乗客の二人は、玄関口の大森代官所バス停ではなく、龍源寺間歩にさらに近い大森バス停で下車。
残り一人は私同様、終点の世界遺産センターで下車しました。
この区間の運賃(760円)は、「松江・出雲ミニぐるりんパス」の提示だけで乗車できます。

定刻のバスの到着は9時20分ですが、10分程遅れて到着。



今回の「世界遺産 石見銀山大久保間歩一般公開限定ツアー」の受付は9時半厳守ですが、事前予約時に路線バス使用と記載していたため、路線バスは例外と返答いただいていました。

一般では入れない石見銀山で最大級の大久保間歩。
今回は、「世界遺産 石見銀山大久保間歩一般公開限定ツアー」に参加。
参加料金3,700円。



一般では入れないエリアに、ガイドと共に見学。

大久保間歩は、石見銀山の初代奉行・大久保長安の名をとって付けた間歩。

<間歩(まぶ)とは>
銀を採掘した坑道
標高310mの本谷地区に位置するこの間歩は、江戸時代から明治時代にかけて開発され、その規模は他の間歩に比べて群を抜いて巨大です。
その中でも高さ最大20mの福石場までの見学できるツアーがこれです。


09:30 
石見銀山世界遺産センター(集合)
↓ 出発までセンター内(無料エリア)でガイド説明



荷物はセンターにあるロッカーに預け、
出発時に竹杖を一人一本借りて駐車場に停車しているバスへ。

10:03 バス(石見交通貸切バス/IWAMI TOUR)で出発
10:09 本谷地区駐車場到着駐車場到着。



本谷地区の説明版が、駐車場を上がるとありました。




ここから上りが続く道。



10:17
 本谷口番頭跡
5分程歩くと本谷への出入り口を監視する「本谷口番所跡」がありました。
(ここでガイド説明有)



さらに、10分位歩き、
上り坂の途中で1-2回の小休憩&雑談ガイドを交え、

10:28 金生坑
金生坑(水抜き用・鉱石を運ぶ坑道)の外観を見学。



その後も急な登り階段などを歩き、
休憩1度、雑談ガイドを交えながら
今回のメイン・大久保間歩の入口へ。



入口の前には小屋があり、そこで長靴と照明付ヘルメットを装着。



入口前で説明を受け、間歩内へ。



10:52 大久保間歩
坑道内は真っ暗。
下には、昔のトロッコの枕木と水溜まり道。
長靴を履いているので大丈夫ですが、普通のシューズなら、すっぽり水が入るぐらい溜まっている場所もありました。
周囲は真っ暗。



先頭にガイド、最後尾に係員が就いていますが、途中にはコウモリの大群の住み家が、左右&上に。



ちょっとふらつくと壁にぶら下がっているコウモリを触る怖さも。
さらに10分弱先に進むと高さ最大20mの福石場へ。

11:07~12 福石場
この先の見学は2班に分けて、鉄柱などで支えられた階段を上り、展望エリアへ。



この先は、ガイドさんも行けない場所のようで、研究者のみ過去に足を入れた場所のようです。
巨大な穴が下に見え、奥にも巨大な穴が続いています。

~福石場(ふくいしば)~
 高さ20m、幅15m。
 坑内最大級の採掘場。
 江戸期から明治期にかけ、高純度の銀鉱石が掘られた所。

福石場を見終え、来た道を歩いて戻ります。
足場には、当時のトロッコの枕木で使用した杭が残っていました。



来るときは、赤い三角ポールで隠されていました。
坑内見学は30分程でした。

11:24
小屋にヘルメット・長靴を返却し、来た道を戻ることに。
このツアーは、1便が10時発。2便が11時発。
途中、2便の人とすれ違い。

11:56 駐車場
2便の人が乗ってきたバスに乗車。

12:07 
石見銀山世界遺産センター(解散)

▼感想▼
普通に行くことができる龍源寺間歩とは異なり、整備が行き届いていない大久保間歩は、このような方法でしか見ることが出来ないと思いました。
バスで行ける道はありますが、その後徒歩で山道を上がり、さらに急な上り坂の先に大久保間歩の入口があるため、ここを整備し観光化するのは現時点では、難しいでしょう。
さらに坑内も暗黙で、しかも水溜りの道、コウモリの住み家があったり。
ツアー料金3,700円は、高いと思いますが仕方がない感じもします。
今回のガイドさんは年齢が少し上の方で、昨日の沢山の修学旅行生のガイド(龍源寺間歩)で歩きすぎて疲れたと最初から愚痴るなど、ガイド中の時間配分も余裕がない所があり、ガイドによって現地の印象も変わってくるかと思います。

<ツアー内容>
・ツアー名 石見銀山 大久保間歩 一般公開限定ツアー
・実施日 2021年3月1日~11月30日の 金・土・日・祝日・
 お盆期間(8月13・14・15日)
・料金 3,700円
・行程 石見銀山世界遺産センター(集合)
 ➡バス
 ➡駐車場(徒歩350m)
 ➡金生坑(きんせいこう)
 ➡(徒歩200m)
 ➡大久保間歩(入坑)
  [巨大空間(福石場)]
 ➡(折り返し)
 ➡駐車場
 ➡バス
 ➡世界遺産センター(解散)

世界遺産センターに到着が予定時間12時を10分過ぎ、路線バスの時間が12時発。
予定通りだったら(ガイドの時間配分?)乗車できた可能性もありましたが、受付傍に最初に預けたロッカー(100円返却)から荷物を取り出し、次のバスまで約30分待ち。

世界遺産センターは、石見銀山の展示・紹介施設。



自家用車・観光バスを駐車し、ここから大森地区まで路線バスで大森または代官所跡のバス停まで行くために造られた場所なので、飲食施設は一切ナシ。
時間が余るので矢も得なく、観覧料310円を払い展示施設へ。



龍源寺間歩や大久保間歩に行った人には理解できる展示物ばかりでした。

12:45
世界遺産センターからバスに乗車。
13時19分大田市駅に到着。



これから出雲市方面へ。



ところが、乗車予定の特急が5分遅れの放送が。

13:44
定刻13時38分発が6分遅れで特急スーパーまつかぜ10号(鳥取行)が到着。



2両編成で1両が自由席ですが、半分以上窓側が空いて空席が多い状況。

<山陰本線を走る車窓からの日本海>



14時7分、6分遅れで出雲市駅に到着。(定刻14:01着)



ここは、先月来ていましたが、今月は出雲は神在月。
日本全国の神様が集まる伝わる月なので再度訪問。
前回、過去は一畑電車で、出雲大社近くまで行きましたが、今回はバスを利用。
理由は、「松江・出雲ミニぐるりんパス」が使用できるため。(運賃510円)

14:30
JR出雲市駅前から出雲大社行のバスに乗車。



車内は思った以上に混雑。
ほぼ座席は埋まり、途中からの乗客は立っている人も。
(途中のイオンに買い物に行く人が居るためか?数名下車)

約30分ほど乗車して出雲大社の一つ手前の古代出雲歴史博物館前で下車。(15:00着)



15:05~15:35
出雲大社東隣の広大な敷地に2007年開館した島根県立古代出雲歴史博物館。



国宝419点の展示、平安時代の出雲大社本殿を再現(1/10)模型などがあります。



中央ロビーには2000年に出雲大社境内から出土した宇豆柱が展示。



総合展示室には、石見銀山など旧石見国も含めた島根県全体の歴史についての展示もありました。

国宝展示物として、
荒神谷遺跡より出土した銅剣358本・銅矛16本、銅鐸6個。



加茂岩倉遺跡より出土した銅鐸39個がガラス越しに飾られ、凄い量で圧倒!



地上3階、地下1階の館内ですが、複数の会議室などがあり広大な敷地内に立派な建物が立っていました。
ここでの観覧料620円は、「松江・出雲ミニぐるりんパス」の提示でスルー。

館内を30分位滞在後、出雲大社の参拝前に神在月の浜稲佐の浜へ。
先月も来ているので、知っている道を20分ほど歩き、浜辺へ。



国譲り神話や国引き神話ゆかりのパワースポットで先月以上に人が居た感じでした。
浜辺は特に変わりはなく、左側の海岸の工事が引き続き行われていました。



夕日が沈む時間帯でしたが、浜辺入口から路線バスに乗車するため滞在時間が数分という短い時間でした。



<パノラマ風景>



~稲佐の浜~
出雲大社の西方1kmにある海岸で、国譲り、国引きの神話で知られる浜です。
浜辺の奥に大国主大神と建御雷之男神(たけみかづちのおのかみ)が国譲りの交渉をしたという屏風岩があり、海岸の南には、国引きのとき、島を結ぶ綱になったという長浜海岸(薗の長浜)が続いています。
旧暦10月10日(2021/11/14)に、全国の八百万の神々をお迎えする浜でもあります。

16:16
稲佐の浜入口から一畑バスに乗車。
3分の乗車ですが、「松江・出雲ミニぐるりんパス」の提示で運賃はゼロ。
16時19分、終点の出雲大社連絡所へ。
ここから出雲大社へ参拝。



先月も来ましたが、今月は神在月。
出雲地方では旧暦10月に神さまがお集いになられる月。
境内東西にある一九社が開きます。



(神々の宿舎のため)神在祭のみの光景。



夕方16時半過ぎに参拝しましたが、本殿奥の素鵞社には16時半で閉鎖されていました。



西十九社では、神職が扉を一つ一つ閉じる光景も見ることができました。



今回は、拝殿と八足門から本殿に向けて参拝。

参拝後に先月と異な場所で御朱印(書置き)を拝受。
(デザインは、同じです)



神在月でもあり、観光客は非常に多かったです。

~出雲大社~
主祭神 大国主大
神社格等 式内社(名神大)
     出雲国一宮
     旧官幣大社
     勅祭社
     別表神社
創建   神代
本殿の様式 大社造
別名 杵築大社
札所等 出雲國神仏霊場1番
作法 二拝四拍手一拝
※明治維新に伴う近代社格制度下において唯一「大社」を名乗る神社。

出雲大社本殿に参拝した後、隣接する神楽殿へ。



こちらは、長さ約13.6m、重さ約5.2tの大注連縄が有名なところです。

また、神楽殿前庭ある高さ47mの国旗掲揚塔。
国旗75畳(縦9m、横13.6m)の国旗が掲揚されていました。
(先月は、強風で午後から降ろされていました)



参拝後に御朱印(書置き)を拝受。



先月同様、シンプルで同じデザインです。

参拝をしていると左側に長蛇の列。
列の方に聞くと夜神楽参加の方々でした。



神在祭の期間中(神在祭の初日から6日目まで)は、夜神楽特別祈祷が行われるようです。
例年19時からですが、今年はコロナの関係上150名限定で17時開始でした。
(この日の夜には大阪に帰るので参加は無理でした)

夜神楽は、笛と太鼓の奏楽の後、神職により願主の様々なお願い事が神々に伝えられます。
祝詞の奉上後、2人の巫女によって神楽舞が奉仕され、殿内に時折神楽鈴の音が響き、最後に参列者に向けて鈴を振り、一拝一礼をして終了。
(神楽舞)参列者はお守りと夜神楽餅を記念に授かります。

~出雲大社・神楽殿~
神楽殿は本来、千家國造家(出雲大社宮司家)の大広間として使用され、「風調館(ふうちょうかん)」と呼ばれていました。
明治に入り、出雲大社教が設立されてからは出雲大社教の神殿としても使用され、現在では國造家大広間、並びに出雲大社・出雲大社教の神楽殿として様々な祭事や行事が執り行われています。
正面の大注連縄は巨大。
長さ約13.6m、重さ約5.2t。
神楽殿前庭には高さ47mの国旗掲揚塔が聳え立ち、揚げられる国旗は75畳(縦9m、横13.6m)大きさです。

17:20
出雲大社の参拝を終え、始発場所の出雲大社連絡所からJR出雲市駅行きのバスに乗車。
出発場所からは、ほぼ満員で数名立っている方も居ました。
次の停留所は、正門前からはさらに20名以上の乗客。
満員を想定して、後続に増便のバスがきていました。



スーツケースを持った観光客らしき女性客が目立ち、後続にバスがあると車内アナウンスを聞き、多くの方が後続のバスへ。
10分ほど遅れて、17時59分JR出雲市駅に到着。(定刻は17:49着)



ここから、帰路大阪へ。

18:31
JR出雲市駅から特急やくも30号(岡山行・自由席)に乗車。
通常、18時27分発ですが、先発普通列車が益田方面からの接続待ちで6-7分遅れたため、特急列車も4分遅れて発車。



「松江・出雲ミニぐるりんパス」を使用するため、自由席に乗車。



この日の列車は、1号車グリーン車・2-3号車指定席・4号車自由席でしたが、急遽5-7号車に自由席を増車。



そのため、自由席は空席が目立ち、フリー区間の米子までゆったり座れました。
出雲市駅では、指定席車両の方が長蛇の列でした。
(19:25米子着。ここから指定席へ移動)

帰りは、行きの「新幹線&やくも3」(4,500円)切符が完売。

苦慮した結果、
▶米子→岡山は、
「おとなびWEB早得(3,750円/通常5,170円)。



▶岡山→新大阪・大阪は、
「おとなびWEB早得こだま(2,470円/通常5,940円 )を利用。



米子から車両を自由席から指定席に移動すると指定席は満席。
棚には大きなスーツケースが並んで置かれている光景。
久しぶりに全席が埋まる光景を見ましたが、なぜか車内はずっと静か。
恐らく、みなさんお疲れのような感じもしました。
(最終の出雲市駅発岡山行きの特急やくも号だったかも)

岡山へ21時40分到着。



岡山からは、山陽新幹線こだま号。
(こちらも指定席でしたが、隣に乗客が来ました)
乗換時間が30分以上。
安い切符を選んだので、最終のこだま号に乗車。

岡山駅では、乗り継ぎ時間があったので駅前の桃太郎像へ。



イルミネーションに輝く桃太郎さんが駅前に居ました。



博多方面からの山陽新幹線・最終の3本前が、
こだま・ひかり・みずほ。



23時半までに、順に新大阪に着きます。



22:18
こだま872号新大阪行きに乗車。



こだま号は、各駅停車。
後続の新幹線に抜かされず、定刻23時18分に新大阪駅に到着。
所要時間は日中より10分早い1時間で到着。

途中、姫路駅・西明石駅に到着時、神戸線の列車が止まっている車内放送が。
(JR神戸線・摩耶駅で信号トラブル)
新大阪に到着時には、本日の列車は運行終了したとのアナウンスが。
(原因不明で本日の復旧見込み無しの為、22時半に本日の全列車が運行休止になった様子)

念のため、在来線のホームに行くと左右に列車が停車中。



乗客も居らず、閑散としていました。

即座の判断で、
振替輸送の地下鉄(大阪メトロ)新大阪駅から梅田の電車に乗車。



本来なら5分程でJR大阪駅へ行ける所、20分位かかり、そこから徒歩で帰宅しました。
(JR大阪駅環状線のりば迄10分程必要なので歩く方が早く帰宅できると判断)

結局、15分位遅い、24時に自宅に到着。
最後は、バタバタしましたが、メインの石見銀山・大久保間歩が見れたので良かったと思う旅でした。


~今回のきっぷ~
・新幹線&やくも早特3<4,500円>
 大阪市内→米子(指定席)
・松江・出雲ミニぐるりんパス<4,500円>
(3日間・JR米子~大田市等乗り放題)
・おとなびWEB早得<3,750円>
 米子→岡山(特急やくも・指定席)
・おとなびWEB早得(こだま)<2,450円>
 岡山→新大阪・大阪(指定席)
-------------------
▷新幹線&やくも早特3<4,500円>
➡通常料金10,050円。▲5,550円お得!
▷松江・出雲ミニぐるりんパス<4,500円> 
➡通常料金16,960円。▲12,460円お得!
▷おとなびWEB早得<3,750円> 
➡通常料金5,170円。▲1,420円お得!
▷おとなびWEB早得(こだま)<2,450円> 
➡通常料金5,940円。▲3,490円円お得!
-------------------
※「松江・出雲ミニぐるりんパス」の購入条件は、関西圏から米子・松江・出雲市の「新幹線&やくも早特3」をクレジットカードで購入した者限定。


 

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